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参加者の報告

舟越Dr. 有馬Dr. 園田Dr.

第19回HPH国際カンファレンス(フィンランド、トゥルク市)の参加報告

舟越 光彦

1、はじめに

HPH国際カンファレンスへの参加は、昨年のマンチェスターに続き2回目の参加である。
昨年のカンファレンスに参加した成果は、(1)日本唯一のHPH加入施設としての認知されたこと、(2)千鳥橋病院から初めて発表したこと(ポスター2演題)、(3)病院内や民医連内でのHPHの理解が深まったこと、(4)千鳥橋病院でのHPH活動が前進したこと、そして、(5)HPHへの参加が千鳥橋病院ブランドを高めることに貢献し後継者対策にも効果をあげたことである。
今回は、HPHの理念と活動経験を学び、千鳥橋病院のヘルスプロモーション活度の経験を発表することに加え、特にアジアの参加者との交流を深めることを目的に参加した。

2、国際カンファレンスの日程

(1)カンファレンス:2011年6月1日から6月3日
(2)行程:5月30日から6月6日
(3)場所:フィンランド、トゥルク市
(4)参加者:527名(事前登録者数)、参加国39カ国
(東アジアでは、台湾106名!、シンガポール12名、日本7名、タイ7名、韓国4名)

3、内容の紹介

(1)今回のカンファレンスの目的

今回のテーマは、「Improving health gain orientation in all service; Better cooperation for continuity in care(全ての医療機関が、ヘルスプロモーション活動を実践して患者の健康状態が向上するように、医療活動の方向性を改善する。ケアの継続性を図るためにより良い連携をつくる。)」だった。
もともと、HPHは1986年にWHOがオタワ憲章で提起したヘルスプロモーションの理念を具体化するために、医療機関が旧来の「治療」活動に限定した活動から、ヘルスプロモーション活動も一緒に行うように医療機関の方向転換を求めたことに始まる。つまり、HPHはオタワ憲章を具体化するためのWHOによるモデル事業といえるものである。そういう意味では、今回のテーマは4半世紀前に提起された課題が現在でも普遍的に実行されていないことの反映とも言える。
しかし、HPHに加入して、治療とヘルスプロモーション活動の両者を同時に実践し、質の高い医療の提供や、健康な地域づくりのための貢献をしようと志す病院が世界で約800施設に達し、年々増加していることは、病院がヘルスプロモーションに取り組むムーブメントが急速に世界で広がっていることの証だと言える。

(2)プレナリ―セッション(全体会)の紹介

プレナリー1

1)「WHO欧州が重要視している健康政策とHPHとの協力」WHO Euro、Dr Jakab
WHO欧州事務局のDr Jalkabの講演。WHO欧州が最も重視している健康問題は、健康格差の問題である。欧州では、加盟国間で男性が20歳、女性が12歳の寿命の格差がある。その他にも、新興感染症、グローバルゼーションの影響、財政問題などの課題に対応するため、2010年にWHO欧州で新しい健康政策が「Health2020」として策定された。この政策では、いのちの平等を実現するための取り組み(健康における公正(equity)の実現)、ヘルスプロモーションをあらゆるレベル(プライアリケアから3次医療機関まで)で推進することなどが基本政策として採用された。
HPHは昨年の英国でのカンファレンスで、本来の使命であるヘルスプロモーションの推進に加え健康格差に取り組むことを課題として提起された。このようなHPHの理念と実践を評価して、WHO欧州は、2020年までに健康な欧州を作るために、HPHを重要なパートナートと位置づけていることが紹介された。

2)「健康状態を改善するための現在のEUにおける公衆衛生活動」欧州委員会、Mr. Hubel
EUの執行機関(内閣に相当)である欧州委員会のMr. Hubelの講演。現在のEUの健康政策「Together for Health: A Strategic Approach for the EU 2008-2013」が紹介された。この政策は、欧州市民を健康の脅威と病気から守り、健康な生活を過ごせるように作成された。4つの基本原理と3つの戦略からなる。基本原理の1つは、「命は平等であることとう価値観を共有すること」で、そのために健康格差を解消するため重点的に諸政策が実践されている。戦略の一つは、高齢化社会の中での健康の確保、すなわち、ヘルスプロモーションの推進である。
欧州の健康課題の一例として、急速な高齢化について紹介された。その結果、社会保障費も25%の増加が予測されている。欧州委員会は、健康な高齢化で社会保障費の増加を半減可能なことを示した。健康な高齢化には、健康の決定因子(喫煙、栄養、運動、飲酒、メンタルヘルス、環境の影響、健康の社会的決定要因)に取り組み、ヘルスプロモーション活動の推進が必要であることが強調され、HPHに対する期待が表明された。

3)「健康生成論(salutogenesis)の紹介」  フィンランド、Dr Lindstrom
病気の原因を考える場合、通常の医学的思考は、なぜ人が病気になるのかを考え危険因子を探す、すなわち病理志向(pathological orientation)だが、健康生成論(salutogenesis)は、なぜ人は健康でいられるのかという逆方向の考え方で健康を保持する原因に迫る。健康の原因を考えるパラダイムシフトというべきもので、最近は多くのエビデンスも積み重ねられ科学的評価も高まっている。ヘルスプロモーション活動に新しいアイデアを取り入れるために、今回のカンファレンスで紹介されたのだろうと思う。
健康生成因子の中で最も有名でエビデンスが確かな健康生成因子はSOC(sense of coherence、首尾一貫感覚、ストレス耐性)である。ユダヤ系アメリカ人の医療社会学者であるアントノフスキーが提唱したもので、SOCは人生で生じる様々な出来事は予測可能で、自分にとって有意義なものであり、物事はうまく運ぶだろうという後天的に獲得された確信である。人は豊かな人生を送り適度のストレスの多く経験することで世界が一貫性をもち、予測可能なものであるという感覚を獲得し、その結果SOCが高まると考えられている。例えば、貧困な家庭で育った子供や、過重労働で働く労働者や、独居の高齢者などはSOCが低下し、危険因子の影響を調整しても健康悪化のリスクが高まると考えられている。ヘルスプロモーションとの関係では、SOCはオタワ憲章で明記されたヘルスプロモーションの前提条件である平和や住居、教育、収入、安定した生態系、といった社会環境の整備の重要性を教えるものである。

プレナリー2

1)「人々が等しく健康状態を改善するために必要なヘルスプロモーション・システムとサービスの役割」 オーストラリア、Dr Baum
個人の生活習慣に限定したヘルスプロモーション活動に警鐘を鳴らす講演。そこには、健康格差があり人の命に不平等が存在する現実を不公正な状態と考え、健康においても公正な社会を実現したいという演者の情熱を感じた。
紹介されたのは、WHOの健康の社会的決定要因に関する委員会(CSDH)と英国の公衆衛生の研究者Popayの論文。CSDHの報告書では、ヘルスサービスは、健康格差の実情を広く社会に啓発し、公正な社会の実現に貢献しなければならないとされている。Popayの論文では、英国で260万人年が健康格差のために命を失っている現実を健康の不平等における殺人と表現している。欧州においても公衆衛生政策では貧困など健康の社会的決定要因に対する介入が強調されるが、現場で実践されるものは未だに個人を対象とした生活習慣対策の限定されている(lifestyle drift)ことを告発し、実践においても社会的決定要因への介入を行うよう呼びかけた。
最後に、健康の社会的決定要因に介入する南オーストラリアでのヘルスプロモーション活動が紹介された。

2)「スウェーデンにおける術前の禁煙キャンペーン」 スウェーデン、Dr Modin
スウェーデンの整形外科分野の術前禁煙キャンペーンの紹介。2年半前にある地域の整形外科医が、術前に禁煙しなければ手術しないと宣言したことから始まる。スウェーデンでは、術前に全ての喫煙者に対し禁煙支援を実践しようという試みが進んでいる。倫理的な話題なども含めて紹介された。

4、評価

有馬drのポスター発表は、ホームレスが日本にいることの驚きなども寄せられていたが、関心を持って聴きに来た参加者と討論もでき満足のいく発表ができた。
参加者との交流は、2年前の台湾で開催されたウインタースクールで顔なじみとなった人が多く、アジア(韓国、台湾)からの参加者を中心に交流が深まった。特に、韓国のMoon先生とは初日から一緒に食事をするほど親しく交流ができた。韓国や台湾の病院との相互交流も視野にメールでの交流も深めていきたい。
現在、HPHの紹介パンフレットをWHO欧州の翻訳許可を受け、年内には出版の予定で翻訳作業中である。今回のカンファレンスでは、HPHのリーダーでデンマークの外科医のTonnesen先生に翻訳版の序文を寄稿してもらうことも課題としていた。期間中に、寄稿の依頼をして快諾していただいた。
カンファレンスの内容については、WHOが健康格差の取り組みを一貫して本気で取り組んでいることが感じられた。欧州でもヘルスプロモーションが個人の生活習慣だけの介入に偏りがちと専門家が危機感を抱いていたが、当院は困難例の社会的支援をしながら医療活動を進めているので、当院の活動にヘルスプロモーション活動が浸透すれば、WHOが目指すHPHの先進例になるだろうと感じられた。

5、今後の活動に生かす点

現在、当院ではHPHの推進委員会で課題をすすめている。課題の一つに、ヘルスプロモーション活動を病棟の医療活動に浸透させることがある。ヘルスプロモーションのパスを作成し、全ての患者にヘルスプロモーションの評価、介入が実践できるように整備を進めていきたい。また、今年度は、全職種参加型の活動に発展させることである。1職場1HPHの具体化を図っていきたい。
前述のHPHのパンフを年内には発行し、国内、地域のHPH加入施設の呼びかけを推進していきたい。
来年度は、台湾での開催となる。参加しやすい条件にあるので、多職種で多数の参加者を組織する予定である。

6、感想と謝意

昨年度も感じたが海外のカンファレンスはフレンドリーな雰囲気に包まれ、とても交流しやすかった。レセプションはトゥルク城という由緒ある城の大ホールで開催されたが、温かいもてなしの気持ちが伝わり楽しい時間を過ごすことができた。
最後に、不在中の病棟対応に入っていただいた先生方に深く感謝をいたします。

第19回HPH国際会議(フィンランド)に参加して

総合内科 有馬 泰治

昨年のイギリスに続き2回目の国際会議参加となりました。今回の私の目標は、国際会議の場での発表でした。昨年のイギリスでの会議では日本福祉大学の近藤先生が口演をされていたのを見ました。パワーポイントなどを利用しての発表はまだ何を言っているのかはわかりますが、質疑応答は全く聞き取れず悔しい思いをしました。
今回私はポスタープレゼンをすることにしました。昨年帰国後から週1回イギリス人講師をお呼びして英会話の学習を始めました。なかなか文献を読む暇はありませんが、NEJMなどのPodcastを聞いて耳を慣らすように努力してみました。発表のテーマとして健康増進に関係ある活動は何かあるかと考えてみました。学問的な対照研究にはなりませんが、これまで精力を込めて続けてきたホームレス医療支援の活動を実践の報告として選びました。話し言葉と書き言葉はまた違い、あまり意識していなかったが基本である冠詞の使い方や複数形や複数形のあり方など非常に勉強になりまともな文章をつくれない自分にもどかしさを感じました。Jammieや久保先生のご指導の下、何とか形にすることができました。
さて、フィンランドはとてもあたたかく明るくきれいな土地でした。今でもトゥルクのからっと暖かい日差しや人々のゆったりした生活が目の前に浮かびます。
ポスター発表は30分。その割に私のグループは10個くらいで発表はどうなるだろうと思ってました。発表時間のきまりもないし。昨年はポスタープレゼンの時間があったのに結局今回はありませんでした。訪れてくる人にポスターをみてもらいどうですかと質疑応答する感じになりました。ホームレスは救急車で搬送されれば生活保護が適応になりますよとか、結核の検査はどうしているのかなど台湾の人に何とか説明しました。ある白人(どこの人かは知らない)には日本にもホームレスがいるなんてInterestingだねと感心されました。そんな感じでポスター発表は何とか終わりました。
会議全体の感想としましては、同じ会議なのでそうなのでしょうが昨年とメインは同じです。大きな視点から見て人々の健康はお金のあるなし、国の医療・福祉政策のあるなしに関わっています。健康格差の大きな要因は仕事があるかないかですし、教育水準によるし酒やたばこの依存の問題です。千鳥橋病院での経験としてそれは肌身に感じるしもっともなことだと思います。私自身としては今後の実践(臨床への適応)が問題であると思います。いろいろ課題はあるなと思いますが、意外に千鳥橋病院はこれまでおおきなとりくみをしてきていることを実感します。被ばく医療、水俣・スモンの取り組みなど常にその時代の問題とたたかってきたし、地域の患者さんとの友の会や患者会作りもきちんと行っています。医師の仕事が忙しくできていないことも多いですが、大枠は今の路線をつづけていき、今は必要でなくなったもの、もっと改善したほうがいいものをチームとして盛り上げていく必要があると思います。
個人としては英語の壁を再確認しました。世界で羽ばたく医師?になるにはまだまだ修行が必要です。こつこつ頑張りたいと思います。

Medical Support Project for Homeless People in Reisen Park in Fukuoka City, Japan

HPH国際カンファレンスに参加して

研修医2年目 園田 梨絵

5月30日から6月6日までの8日間、HPH国際カンファレンスに参加するためフィンランドへ行ってきました!
研修医2年目の私の学会デビューがまさか国際学会になるなんて思ってもみなかったので参加してみないかとお誘いを受け、『はい、ぜひ。』と答えはしたものの正直本当に参加できるのか飛行機に乗るまで半信半疑でした。また、当院のHPHを引っ張っている舟越先生や有馬先生に比べ、私はHPHを『地域を元気にする病院』という程度の理解しておらず、学会参加に対する不安があったのも事実です。
しかし、非常に充実した1週間を過ごすことが出来ました。フィンランドという国に行ったこと、国際学会に参加したこと、そこで得るものは非常に大きかったように思います。
学会は3日間。世界各国から約500人の参加があり、日本からは私たちを含めて7名が参加していました。カンファレンスの内容は非常に多岐に渡っていましたが、高齢化、格差、貧困などその多くは日本の現状にも当てはまるものでした。ホームレスやアルコールの問題が世界共通の問題であることは驚きでもあり、少し残念な現実です。
分科会は3人それぞれ興味があるものに参加し、私は比較的理解しやすそうな病院スタッフに対するhealth promotingや医療における小児の人権問題などに関する分科会に参加しました。発表者も社会学専攻の学生から病院事務スタッフ、病院長、大学教授まで層が厚く、health promotingが医療スタッフだけによるものではないことを改めて感じ、他職種が関わって病院全体での取り組みを行っている千鳥橋病院はまさにHPH!!と感じました。病院間、行政と医療機関など様々な連携についても重点が置かれたプログラムになっていましたが、患者・住民といった『個』にしろ、病院のような『組織』にしろ、他者とつながりを持っている、つまり何かと連携していることがそれぞれをいい方向に導くように思いました。健診に毎年必ず行くから健康なわけでもなく、たくさん患者が来るから本当に信頼できる病院というわけでもなく、いろんな人と繋がって、繋げて、いろんなことを継続して…そうした流れの中から健康や信頼といったものは生まれてくるように感じています。個人的な解釈ですがHPHに求められているのは単に予防医学をすることだけではないと思いますし、どこか行き場の無い人たち、つながりから漏れてしまったような人たち…そんな人たちの集う場であることが求められているように感じました。そう考えると、不思議と人を集める力のある千鳥橋病院はこれまでと変わらず門戸を大きく開き、皆がふっと立ち寄れる場であり続けるべきだと思います。そのために自分に出来ること…まずは病院で出会った人たちを思いやること、そのために自分自身が心身ともに穏やかであること。結局はそういう小さな個々の積み重ねなのかもしれません。
英語が十分に理解できない分、得られた情報から自分のなかで色々考えた初めての国際学会でした。来年は台湾での開催!参加のチャンスがあれば、英語力を身に付けて、今年以上に満喫したいものです。快く送り出してくださった皆さん、ありがとうございました。